気楽に行こう!

還暦を迎えてからの暮らし…いろいろ

私の病気と義母…

時系列データで書いています。


右目を患ってしまった私。
普段の生活や仕事には、ほぼ支障がありませんでした。
なので、息子には心配をかけたくないので詳細は話していません。
話しても意味のない?義母や夫にも話さなかったです。
障害者認定を受けれるわけでもなかったし。
今の医療では、これ以上良くなることもないです。
左目を大事にしながら、この体と付き合っていかなければなりません。


人間の体って、いつどこで…どうなるものかわからないものだなぁとは痛感しました。
健康に気を付けるという意識より、残った人に迷惑をかけられないという意識の方が強かったかもしれません。


私の両親は、共に69歳で亡くなったので。
私も寿命が短いかも?と。50代の頃から物を捨てていましたが、より真剣に考えるようになりました。


不安と恐怖の毎日。
多分、自分の目が急に弱視(失明に近い)になってしまったことで。
現実には起きてもいない事を”次は心筋梗塞か?”とか”脳梗塞かも?”と勝手に妄想して、自分で不安を作っていました。(最近、少しずつ解ってきました。)


目の手術を受けて、数日後。
義母のとんでもない言動(詳しくは書けないですが)によって、平時120台の私の血圧が200近くなりました。
血圧が落ち着かず、血圧の薬に頼る人生となりました。
私は、この時から義母と関りを絶とうと思いました。
この人とマトモに付き合っていたら、私の方が先に逝ってしまうと・・・
なので、この3月に義母の病院に付き添うまでは…この2年間会話もしませんでした。
先日、義母のおさがりの記事で…義母とはメモのやり取りだけと書きましたが、こんな理由です。


夫は、義母のとんでもない言動の事の顛末は承知していますが。
義母に対して、言って聞かせるとか?諭す?事はなかったです。
言って聞かせて理解する相手なら然りですが、言い訳をして本質を聞こうとしない人なので。夫曰く、時間の無駄だと。
なので…その都度、その都度、注意はしていました。


義母は、自分の言動によって私の血圧が上がり薬が増えたことは知りません。
言ったところで、自分の都合の良いようにしか解釈しない…お気楽な人なので言うつもりもありませんし関わるつもりもありません。


ただ、義母との同居は。私が夫に勧めたので。
義母が病気になったりしたら、付き添いや介護申請など…それなりのお世話はすると言ってあります。
食事も弁当に詰めて、夫に渡してもらっています。
が、普段の生活で関わるのは嫌だときっぱり宣言しました。


私が、大人になりきれていないのか?もっと義母を寛容に見てあげなくてはと思ってやってきましたが。


残りの人生、自分を・・・です。

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